退場か、それとも反撃か?

 消費電子の競争史には、かつて輝きを放ちながらも静かに退場したブランドが数えきれないほどある。特にイヤホンやオーディオの世界では、流行が目まぐるしく変わる。CDウォークマンからMP3、そしてスマートフォンや完全ワイヤレスイヤホンへ──そのたびに多くの老舗が姿を消していった。

 日本の Nakamichi(ナカミチ) も、かつては“昨日の伝説”と呼ばれた存在だった。1970〜90年代には高級カセットデッキとカーオーディオで一世を風靡し、Lexus LS400Bugatti EB110 などの高級車にシステムを提供した。しかし、ストリーミングとワイヤレス時代の到来とともに、その名は徐々に若い世代の記憶から薄れていった。
 
 ところが2024年、Elite TWS700ANC という名の完全ワイヤレスイヤホンが再びNakamichiを話題の中心へと押し上げた。「クロスオーバー反撃戦」と評する声もあれば、「オーディオの老兵、最後の一戦」と言う人もいる。いずれにせよ確かなのは──老舗は退場を選ばず、反撃を選んだということだ。

Nakamichiの黄金時代と衰退の影

 この“反撃”を理解するには、まずNakamichiの歴史を振り返る必要がある。
  • 1970〜80年代:高級カセットデッキで名を馳せ、「カセットデッキの頂点」と評される。
  • 1990年代:カーオーディオに進出し、高級車の象徴的存在となる。多くのオーナーはいまだに“Nakamichiサウンド”の透明感と力強さを覚えている。
  • 2000年代以降:デジタル化、ストリーミング、スマートフォンの普及により、大規模なイノベーションを維持できず、コンシューマー市場から徐々に姿を消した。
 人々の記憶の中で、Nakamichiは“レトロオーディオ愛好家のブランド”として細々と残った。だが同時に、その名前には 信頼と情緒 という特別な価値が今も息づいている。

なぜ完全ワイヤレスを戦場に選んだのか?

 今日のオーディオ市場は、ほぼ三つの勢力に分かれている:
  1. テック系大手(Apple、Samsung):エコシステムとOSでユーザーを囲い込む。
  2. 伝統的オーディオブランド(Sony、Bose):ノイズキャンセリングと音響技術で優位を保つ。
  3. 新興メーカー(Anker、Nothing):デザインと価格で若者層を惹きつける。
 この中でNakamichiが完全ワイヤレスを選んだのは、一見すると逆風のように見える。しかし実際には、“プロ向けIEMと一般向けTWSの間”という市場の空白地帯 に目をつけたのだ。
  • IEM(モニターイヤホン):音質は極上だが、携帯性やANCに欠ける。
  • TWS(完全ワイヤレス):利便性は高いが、音質・遅延・バッテリーに妥協がある。
 Nakamichiの戦略は、その二つを統合し、1つのプロダクトで両方のニーズを満たすことにあった。

Elite TWS700ANC──クロスオーバーの武器

 この“反撃戦”の主役となったのが Elite TWS700ANC だ。その戦略的価値は単なる「多機能」ではなく、イヤホンの概念そのものを再定義した点にある。
  1. デュアルモード構造:ワイヤレスと有線の統合
    1. ワイヤレスモード:Bluetooth 5.3、Snapdragon Sound、aptX Adaptive、LE Audio対応。高ビットレートと低遅延を両立。
    2. 有線モード:MMCX交換ケーブルでIEM化。ゼロ遅延と安定供給を実現。 👉「ワイヤレス=便利、有線=プロフェッショナル」という二分法を覆した。
  2. IEMクラスの音響:オーディオ精神の継承
    1. Knowles製バランスドアーマチュア+カスタム10mmダイナミックドライバーのハイブリッド構成。100%同軸設計により位相ズレを解消し、自然なサウンドステージを実現。
    2. オーディオ愛好家には“情熱の継承”として、若者には“初めて触れる本格サウンド”として響く。
  3. ロングバッテリーとANC:メインストリーム需要の補完
    1. 最大120時間の総再生時間、1回あたり7時間。
    2. アダプティブANCと外音取り込みモードで、通勤・出張でも快適。
       👉 大衆ユーザーの基本要求を“フラッグシップ標準”で支える。

市場の証明:日本ユーザーの投票

 市場が受け入れたかどうかを最も端的に示すのがクラウドファンディングの結果だ。 2024年、Elite TWS700ANCは日本の GREEN FUNDING に登場し、短期間で 4,500万超の支援を集めた。これが示すのは次の3点:
  1. 消費者は「デュアルモードイヤホン」という新概念に価値を見出している。
  2. Nakamichiという老舗名は今なお信頼のブランドとして通用する。
  3. 日本ユーザーは「デバイスを減らし、効率を上げる」という潮流を重視している。
 単一性能を競うメーカーが多い中、Nakamichiの“シーン統合”という発想は、時代に即した答えでもある。

競合との違い

  • Apple AirPods Pro:エコシステムは強力だが、音質・有線拡張・バッテリーでは及ばない。
  • Sony WF-1000XM5:ノイズキャンセリングは頂点だが、音質とIEM的構造には届かない。
  • Bose QuietComfort Earbuds:装着感は良いが、マルチシーン対応力に欠ける。
 Nakamichiは“どの一点でも圧倒する”ことを狙っていない。「デュアルモード+ロングバッテリー+IEM構造」という独自性で新カテゴリーを切り開こうとしているのだ。 目的は競争相手を排除することではなく、“全能型TWS”という新領域を作ることにある。

ブランドの意味:懐古ではなく、再創造の反撃

 より深いレベルでは、Nakamichiはこの製品を通じてこう宣言している。「私たちは懐古ブランドではない。今も革新できる。」
  • 旧来のユーザーにとって:本物の音への執念が今も続いている証。
  • 新しいユーザーにとって:初めて触れる“Nakamichi”が最新のイヤホンであるという発見。
  • 業界にとって:老舗=時代遅れではなく、形を変えて再挑戦できるという示唆。
 この“反撃戦”は短期的な販売競争ではない。ブランド価値の再構築そのものである。

総括:老兵の新たな戦い

 高級車のオーディオからポケットサイズのイヤホンへ。NakamichiはElite TWS700ANCで、新たなクロスオーバー反撃戦を仕掛けた。それは過去の栄光の復刻ではなく、新しいプロダクト言語で未来を語る挑戦である。
 
 このイヤホンの真価は、デュアルモードや音質、バッテリー性能だけではない。固定化された完全ワイヤレス市場にも、まだ革新の余地がある──その事実を証明したことにある
 
 ユーザーにとって、それは「2つのイヤホンを持ち歩く必要がなくなる」という意味。業界にとって、それは「クロスオーバー統合」が次の潮流となる可能性を示す。Nakamichiの物語は、まだ終わっていない。
 
 ただ、戦場は変わった。今度の舞台は──ラグジュアリーカーの内装ではなく、あなたのポケットの中だ。